白豪主義(はくごうしゅぎ、英 : White Australia policy)は、オーストラリアにおける白人最優先主義とそれにもとづく政策。先住民族アボリジニやタスマニアといったオーストラロイド系住民への残酷な迫害や隔離だけではなく、移民制限法の制定によって白人以外の移入を厳しく制限した、オーストラリアにおける人種差別主義の歴史全般を指す。
大英帝国が1788年、オーストラリア大陸を植民地化して、アボリジニを迫害したことに始まる。入植者によって、多くのアボリジニの人々が免疫の無い病気に晒され、また、スポーツハンティングの延長としてアボリジニを殺害したケースすらあったという。1920年には、時のオーストラリア政府は先住民族の保護という名の人種隔離政策も行った。これらによりアボリジニ人口は90%以上減少した。人種隔離政策の他に、1910年頃から1970年代にかけて、アボリジニの子供を親元から引き離し白人家庭や寄宿舎で養育するという政策も行われた。アボリジニの子供も白人の「進んだ文化」の元で立派に育てられるべきという独善的な考え方に基づくもので、政府や教会が主導して行なわれたもので、子供のおよそ1割が連れ去られ、結果として彼らからアボリジニとしてのアイデンティティを喪失させることとなった。彼らは「盗まれた世代」(Stolen Generation)と呼ばれている。
他方、白人が住みたがらなかった不毛な乾燥地域である内陸部のアボリジニは、周辺の厳しい自然環境に守られながらどうにか固有文化を維持し続けた。今日でもアボリジニ文化の史跡は沿岸部都市より隔絶された内陸地に多く残る。近年のアボリジニ激減と、文字文化を持たなかった事から文化的痕跡を残さず消滅した部族も多く、彼等の言語や文化の系統を調査する試みは進んでいない。音声的に完全に失われた言語も多く、それらの民俗学的調査は「既に大半のピースが失われたパズル」に准えられている。
大陸への侵略者は、初期は白人、それもイギリスからの移民(主として流刑者)が殆どであったが、1850年ごろからゴールドラッシュが始まり、特に中国系の移民、または労働者が相次ぐようになる。これに対し、1888年には中国人移住制限法を制定。日本からも真珠貝採取のダイバーなどとして多数の労働者が流れていたが、日本の移住希望者に「ヨーロッパ言語による書き取りテスト」を課して実質的にアジア人の流入を阻んだ。
1901年にイギリスからの自治権を得て事実上の独立を果たした後には、本格的に「連邦移住制限法」「帰化法」「太平洋諸島労働者法」等が成立、白豪主義政策が完成していく。こうして、人種差別主義的体制が確立されていき、1940年頃にその有色人種の国内人口に占める割合はもっとも小さくなった。第二次世界大戦中にはアメリカの黒人部隊の上陸を拒否したほどである[1]。さらに、白人であってもカソリックなら単なる入国すら拒まれた時期すらあった。
第二次大戦後、労働党が人口2500万人を目標にした大量移民計画を発表。これはアジアに対する開放ではなく、あくまで英国人やアイルランド人をさらに大量に受け入れることで白豪主義を完成させるためのものであった。しかし実際には東欧からの移民が多数派を占め、その後イタリア、ギリシャを中心とした南欧諸国、トルコ、中近東、東アジアからの移民が増えていきオーストラリアの労働力を支えるようになると、従来の人種差別政策は撤回していかざるを得なくなっていった。
特に1973年にイギリスがECに加盟したことでヨーロッパ諸国との繋がりを重視し始めたことに伴い、それまで圧倒的に密であったイギリス本国とイギリス連邦加盟諸国の繋がりが薄れ、連邦が実質的意味を失いつつあったことがこの事態に拍車をかけることになった。これまでイギリス一辺倒であったオーストラリアの外交政策は転回を余儀なくされ、経済的にも政治的にもアジア、特に最も近い先進国である日本、ついで近年は中国を向き始め、アジアの仲間としての道を模索していくことになる。
1972年誕生したゴフ・ホイットラム労働党政権は、急速な政治改革を実践したが、その一環として、移民政策も大きく転換した。1973年「移民法」「オーストラリア市民憲法」の改正、1975年「人種差別禁止法」制定によって、原則的に移住手続きや、移民の国内での生活・教育・雇用に関する一切の人種差別を禁止した。ベトナム戦争後ベトナム難民を数多く受け入れるなど、積極的にアジアからの移民を受け入れるようになり、マルチ・カルチュラリズム(多文化主義)を国策として掲げるようになった。
現在 [編集]
現在では、制度的差別(実質的差別)は解消されている。しかし、まだまだ有色人種への偏見(心理的差別)は残っており、20世紀末には、アジア人移民を拒否し白豪主義に戻ろうとする極右政党「ONE NATION」が台頭するなど、ドイツのネオナチに似た問題も発生している。2005年には、シドニー郊外のクロナラ・ビーチに5000人を超える白人が集まり、暴徒化した白人集団による中東系移民への無差別襲撃が発生した(シドニー人種暴動)。
またガイドブックなどに、アジア系や黒人の旅行者(バックパッカー等)に対しては、差別的な犯罪に巻き込まれないよう留意する必要性が記載されている。[要出典]
2008年に、オーストラリアの大学がオーストラリア人1万2500人を対象に人種差別について10年かけて調査した結果を発表した[2]。それによると、回答者の46%は特定の民族はオーストラリアにふさわしくないと回答。特にイスラーム教徒や黒人、アボリジニ、東南アジア諸国民、メラネシア人に対する差別意識が根強いとされる。また、およそ10%が異民族間結婚は認められず、同じく10%が自分たちよりも劣る民族がいると回答しており、未だに一部で白豪主義・白人至上主義的な人種差別意識が残っていることが伺える。
また、捕鯨に絡み、一部のオーストラリア人は日本人(あるいは日本の捕鯨文化)に対して、否定的な感情や人種偏見を持っているとされる。
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