ゲイジ将軍はボストンで午前4時に援軍を集結させるよう命令を出したが、機密に執着していたために第1旅団の副官に命令書の写しを1通のみ手渡し、その副官の従者は封筒を卓の上に置き放しにした。午前5時頃、スミスの援軍要請が到着し、第1旅団に対し、第4、第23、第47歩兵中隊と海兵隊大隊を集結させる命令が発せられた。不幸なことにこの時も命令書の写しは各指揮官に対し1通ずつであり、海兵隊に対する命令書はピトケアン少佐の机に置かれた。ピトケアンはこの時レキシントンの広場にいた。これらのことにより、パーシーの救援隊はやっと8時45分頃ボストンを離れた。パーシー隊は町の住人を欺くために「ヤンキー・ドゥードゥル」を演奏しながら行軍した。2ヶ月足らず後のバンカーヒルの戦いでは、皮肉にもこの歌をアメリカ植民地軍が歌って広まることになった。
パーシーは陸路を採り、ボストン・ネックを通ってグレート・ブリッジを越えた。パーシーはハーバード大学の心も虚ろな教師に出会って、どちらの道を辿ればレキシントンに着くかを尋ねた。ハーバードの教師は何も考えずに正しい道を教えたが、この男は敵に味方したということで後に地域住民にその責任を問われ国を追われた。パーシー隊は午後2時頃レキシントンに到着した。部隊は遠くに銃声を聞いて、見晴らしの良い丘の上に大砲を据え隊形を組んだ。スミスの部隊は避難民のように近づいて来たが、その後ろにはミドルセックス郡民兵の大部隊が追いかけてきていた。パーシーは最大射程で大砲を放たせたので、植民地民兵は八方に散った。スミスの部隊は友軍の陰の安全地帯に入ると疲れから崩壊した。
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パーシーは兵站局の助言に逆らって、兵士の予備の弾薬や携行してきた2門の大砲の弾も余裕がないままでボストンから出てきていた。パーシーは輜重車が多ければ行軍の速度が遅くなると考えた。パーシーがボストンを離れた後で、ゲイジは2両の弾薬運搬用荷車を仕立て1人の士官と13人の兵士を付けて後を追わせた。この運送隊は、年取った愛国者達の小集団に邪魔をされた。この年寄り達は年齢が60歳を超えているために民兵に加われなかった者達であったが「警告表」に従って動いていた。年寄り達が物陰から立ち上がり荷車隊の降伏を呼びかけたが、正規兵は無視し、馬車馬を駆り立て続けた。年寄り達が発砲し先頭の馬を撃ち、2人の軍曹を射殺し、士官にも傷を負わせた。残った兵士達は走って逃げ始め、そのうち6名は武器を池に投げ込み降伏した。パーシー隊の兵士は一人36発の弾しかなく、大砲には弾薬箱に数発しか砲弾が残っていなかった。